✓ 直腸脱(ちょくちょうだつ)
内痔核が肛門から脱出することを「脱肛」と呼びます。これとは別に、直腸全体が肛門から脱出してくることがあります。これを「直腸脱」といいます。直腸脱は高齢の女性に多く見られ、脱出の大きさは鶏卵大から握りこぶし大にもなります。ひどい場合は長さ5~10センチの直腸が反転し、二重になった形で脱出してきます。
主な原因は、骨盤のなかの臓器を支えている筋肉や靭帯が弱くなってしまうことです。加齢もまた、直腸脱の原因になります。直腸が脱出しても、激しい痛みをともなうことはありません。ただ、脱出した直腸の粘膜からの粘液の漏れ、出血、残便感といった不快な症状に苦労します。歩いていても、トイレでも脱出してしまい、自分でそのつど押し込んで元に戻さなければなりません。便失禁や便秘などの排便機能の障害をともなうことも多くあります。
とはいえ、悪性疾患ではないため、そのままで生命にかかわるようなことはありません。ただ完全に治すことを希望される場合、多くは手術しか方法がありません。手術をしても再発が多く、100種類を超えるさまざまな手術法が試みられています。大きく分けると「開腹する手術法」と、「肛門のほうから手術する方法」の二つになります。この二つの方法のうち、再発が少ないのは開腹する手術法です。ただ、患者さんには高齢者が多いこともあり、体への負担と、開腹手術による合併症が問題になります。また、伸びきった直腸を切り取らないため、手術後に患者さんから便通異常、とくに便秘や残便感があるという訴えも多くあります。
日本では、合併症の少ない肛門のほうからの手術法を選択することが多いようです。肛門側からの治療法には、「ガントー三輪法」と「デロルメ法」があります。ガントー三輪法は、脱出した直腸粘膜をできるかぎり無数に縛り、てるてる坊主のようなこぶをつくり、縫い縮める方法です。体をそれほど傷つけない治療法といえますが、これも直腸を切り取らないため、術後の便通異常(とくに便秘や残便感)の訴えがあります。
~当院の治療法~
当院では、「デロルメ法」で手術を行っています。
この手術は、伸びきった不要な脱出直腸の粘膜部分を肛門側から切除して直腸を縮め、肛門管の出囗を少しゆるめます。お腹を切らないために高齢者でも安全に手術できるうえ、再発もきわめて少なくなっています。出血量もごく少量で、輸血の必要はありません。当院では、年平均約30例の手術を行っています。
✓ 直腸粘膜脱
直腸脱は、直腸が全部脱出します。直腸の粘膜だけ、つまり直腸の一番内面だけが脱出する「直腸粘膜脱」もあります。粘膜だけですから、ビラビラとしたような状態です。直腸粘膜脱は、トイレに長居する人に多く見られます。高齢者だけでなく、若い人にも見られます。
✓ 大腸憩室症
大腸の壁の一部が弱くなり、外側に袋状に突き出たものを「憩室」と呼びます。憩室のあるこの状態を「大腸憩室症」といいます。主な原因は、腸内にガスが発生して内圧が高くなり、腸の粘膜がふくれることです。下痢や便秘、腹部の不快感などの症状が現れることもありますが、ほとんどは無症状です。レントゲン検査を受け、偶然発見されることが多いようです。
※憩室があるだけなら、問題はありません。しかし、憩室のなかに古い便がたまり、細菌が繁殖する「大腸憩室炎」や、突然に大出血する「憩室出血」が起こることがあります。憩室があったら、食物繊維を多く含む食事などで便秘予防を心がけていただいています。
✓ 直腸肛門痛(陰部神経痛)
「先生、ずいぶん前から肛門が痛いのですが、痔ではないでしょうか?」外来で診療をしていると、こう訴える患者さんがいます。診察してみると、痛みの原因になる痔が見当たらないケースに遭遇します。
こうした症例を「直腸肛門痛」と呼びます。原因はまだ不明な点も多く、有効な治療法も確立されていません。痛みの程度も違和感程度の軽いものから、夜も眠れないほど強いものまでさまざまです。しかし、痔が悪いわけではないため、痔に使用する軟膏や消炎鎮痛剤は効果がありません。治療をしても痛みがなかなか消えず、病院をクルクル変えたり、医療不信に陥ったりすることもあります。いろいろ検査しても、痛みの原因はハッキリしません。そのうち将来の痛みヘの不安で、自殺を考えるほど深刻に悩んでしまうこともあります。
直腸肛門痛の仕組みの解明はまだまだですが、少しずつ分かってきたことがあります。痔の痛みと異なり、直腸肛門痛は排便と関係なくあらわれます。昼聞に多くあらわれ、長時間の座位や姿勢の変化などで痛みが強くなります。肛門から指を入れて直腸から陰部神経を触れると、いつもの痛みを再現できる。これが、多くの患者さんに共通していることです。
このことから、「直腸肛門痛は陰部神経のどこかが障害されることで発生する痛み」と考えられるようになっています。いずれ原因が解明され、有効な治療法が確立される期待があります。
※痛みが強い場合、鎮痛剤や神経ブロックが必要になります。最近では、テニスボールによる仙骨ストレッチが有効であることが注目されています。
1. 二個くっつけたテニスボールと、一個のテニスボールを用意します。
2. 畳やフローリングなどの硬くて平らな床に座り、指先で尾骨の位置にテニスボールを一個あてます。
3. その上に二個のテニスボールをセットし、一個のテニスボールをはずします。
4. テニスボールの位置がずれないよう注意しながら、仰向けに寝ます。枕は使わず、リラックスして、1~3分姿勢をキープしてください。
✓ 肛門掻痒症
肛門、あるいは肛門の周辺がかゆくなる病気があります。「肛門掻痒症」は、こうした病気の総称です。
かゆみの原因としては、精神的ストレスや精神的な影響、コーヒーやアルコールなどを多く飲むことがあります。便通異常を起こす生活習慣も原因になります。これらが原因となって内肛門括約筋がゆるむと、便汁が漏れ出ます。すると便汁に含まれている胆汁酸やトリプシンなどにより、肛門周りの皮膚が刺激されるのです。また、下痢や過度の肛門洗浄などによる肛門周辺の皮膚炎も、発症の誘因となります。
何回もトイレにいき、紙によるふき取りを繰り返すと、肛門の皮膚粘膜を傷つけます。粘膜や肛門縁の皮膚表皮が剥がれ落ち、軽い痛みや灼熱感とともにかゆみを助長します。肛門周囲のかゆみの原因には、カンジダなどの真菌(カビ)の感染もあります。 真菌の感染が皮膚炎を引き起こし、かゆくなるのです。かゆみが強くなると、爪で引っかくくらいかいたり、タオルでゴシゴシこすったりしがちです。こうしたことをすると雑菌に感染し、さらに悪化させることになってしまいます。
痒い→引っかく→傷の修復でかさぶたがつくられる→引っかき傷に2次感染が生じる→かゆみを生じ引っかく…。やがて、こうした肛門掻痒症のサイクルができあがります。
当院の外来には、肛門掻痒症のサイクルができあがった方も多くいます。「かゆい!とりあえず手持ちの軟膏を塗っておこう」かゆくなってくると、 こうした人も多いはずです。これで治れば幸いですが、肛門周囲の皮膚は非常に敏感です。合わない軟膏を塗るとすぐかぶれてしまい、さらにかゆくなります。
※肛門のかゆみがつづくときはまず座浴、入浴などで肛門を清潔にしていただきます。それでもかゆみが取れない場合、患者さんの症状に応じて治療を選択します。
✓ クローン病
一般的な痔瘻の発生原因は、腸内細菌の感染です。痔瘻には例外的なものもあり、戦前や戦後間もなくは結核が原因の痔瘻が多くありました。近年は結核の減少とともに、結核が原因と思われる痔瘻はほとんど見られなくなりました。それに代わり、最近はクローン病が原因の痔瘻が急増しています。
クローン病は、消化管全体に慢性の炎症を起こす病気です。とくに10歳代、20歳代に多く発症することが特徴で、患者数は増加の一途をたどっています。クローン病の症状は発熱、下痢、腹痛ですが、原因がまだハッキリ解明されていません。難治牲であるため、国の難病に指定されています。
クローン病の特徴は、70~80%に肛門にも病変が合併することです。その多くは痔瘻ですが、クローン病に合併した痔瘻は複雑で、難治性で、クローン病の患者さんのQOLをいちじるしく低下させてしまいます。また、直腸・膣に瘻孔ができ、膣から便汁が出ることもあります。また、クローン病は、消化管より先に肛門に病変を生じることが多くあります。消化管と違い、体表にある肛門は症状が出やすいものです。肛門の病変に気づいた患者さんが肛門科を受診し、クローン病の診断のきっかけになることがあります。他の慢牲病同様、クローン病は早期診断と早期治療が功を奏します。10歳代から20歳代の若い人が痔瘻になった場合、クローン病を疑ってみる必要があります。
※薬物療法としてサルファ剤系、免疫抑制剤、ステロイド剤などを用いてきましたが、最近ではモノクローナル抗体製剤(レミケード)が開発され、治療効果を上げています。ただ、副作用には要注意です。重症の肺炎の他、ショック、皮膚の発疹、膨疹、かゆみなどさまざまです。副作用は約2割に及び、効果のない人も3割います。
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