痔の三つの病気のなかで、もっとも厄介なものが痔瘻(穴痔)です。痔瘻の発生頻度は、男性が女性の5~6倍です。これは欧米でも同じような状況です。また、その割合は、肛門疾患で外来を受けた人15%程度で、痔核に次いで多い病気です。
最新の治療では、痔核や裂肛は、かなり症状が進行しないかぎり手術は行いません。しかし、痔瘻はいったんできてしまえば、ほとんどの場合は手術しないと治りません。ではなぜ、痔瘻ができるのでしょうか?
肛門と直腸のつなぎ目を「歯状線(しじょうせん)」といいます。そこには、約10個のくぼみがあります。このくぼみを「肛門小窩(こうもんしょうか)」といい、そこから肛門腺という分泌腺につながっています。
肛門小窩は、上向きに口を開いています。下痢をしたり、体調が悪くて体の抵抗力が落ちたときなど、肛門小窩から便中の大腸菌などの細菌が入り込み、肛門腺で炎症を起こすことがあります。肛門腺の炎症が広がると、肛門の周りや直腸の周りにウミがたまって膿瘍をつくることがあります。これが「肛門周囲膿瘍」です。
肛門周囲膿瘍は、痔瘻の前段階です。肛門周囲膿瘍から痔瘻になる割合は、50%といわれています。「オシリが腫れた」「ウミが出た」「いまはウミの出方は少ないが、治るようすがない」こう訴えて外来を受診する方が多く見受けられます。
普通は軽い痛みと発熱が起きますが、ウミが直腸の奥のほうに広がった場合には痛みが少なく、自覚症状も軽いものです。そのため、かなり悪化してから受診する患者さんもいます。
肛門周囲濃瘍の治療は、皮膚を切開してウミを出します。自然に破れることもありますが、ウミが出れば腫れも痛みもおさまり、そこで治癒する場合もあります。このトンネルができるのが、痔瘻の特徴です。
いったんトンネルがっくられてしまうと、トンネルの内側が皮膚で覆われます。道路のトンネルでいう「内張り」がつくられてしまうわけです。この内張がつくられると、トンネルが自然に閉じられることはほとんどありません。
ウミが自然に出れば、腫れも痛みもおさまります。しかし、再び下痢をしたり、体の抵抗力が落ちた時、肛門小窩から細菌が侵入してくると膿瘍を繰り返します。再び、腫れや痛みが出てきます。
膿瘍を繰り返すたびに、トンネルはアリの巣のように枝分かれしたり、深く、複雑なものになっていったりします。複雑になった痔瘻は、経験豊富な外科医でも手術で完治させることは難しいところがあります。完治させずに放置しておくと、がんになるという報告もあります。それが「痔瘻がん」で、がんのリスクも痔瘻が厄介な病気である一つの理由になります。痔瘻がんは、一般に10年以上の痔瘻の患者さんに発症します。痔瘻がんは予後が悪く、そのまま放置すると他臓器にも転移し、数年のうちに死亡するといわれています。
長期経過の痔瘻の患者さんを診察する際、痔瘻がんを念頭に置いておかないと見逃してしまうことがよくあります。痔瘻がんは、肉眼では診断できません。そのため、ムチン様の粘液の分泌を認めたときや、痛みやしこりが急に大きくなってきたときなど、麻酔下で組織を採って生検をして調べる必要があります。
痔瘻には、原発巣である肛門腺からウミが進む経路により4つのタイプがあります。
Ⅰ型痔瘻
「皮下痔瘻」「粘膜下痔瘻」とも呼ばれ、発生頻度は高くありません。肛門括約筋を貫いていない痔瘻で、裂肛の裂け目に便が詰まることによって起こる場介が多くあります。また、肛門腺が原発巣でないこともあります。
Ⅱ型痔瘻
痔で最も一般的なもので、痔瘻の60%から70%を占めます。内肛門括約筋と外肛門括約筋の間をトンネル(瘻管)が走ることから、「筋間痔瘻」とも呼ばれます。トンネルが下方に伸びている低位筋間痔瘻と、上方に伸びている高位筋間痔瘻があります。
低位筋間痔瘻は痔瘻のなかで最も多く、自然に皮膚に出口ができ、ウミが排出される場合があります。高位筋間痔瘻はウミの出口はつくられず、鈍い痛みや違和感があります。
Ⅲ型痔瘻
「坐骨直腸窩痔瘻」とも呼ばれ、Ⅱ型痔瘻に次いで多い痔瘻です。痔瘻の20%を占めますが、ほとんどが男性です。
骨盤の肛門挙筋よりも肛門側の坐骨直腸窩と呼ばれるスぺースに膿瘍をつくった痔瘻です。
高位坐骨直腸窩痔瘻(ⅢH)と低位坐骨直腸窩痔瘻(ⅢL)があります。
Ⅳ型痔瘻
「骨盤直腸窩痔瘻」とも呼ばれ、トンネルが肛門括約筋の奥にある肛門挙筋を貫いて進行します。非常に珍しい痔瘻で、痔瘻の数%しかありません。専門医なら、深部痔瘻を見逃すことはまずないと思います。しかし、外から見てもなんの変化もないことが多いため、肛門診療をあまりやっていない、一般の外科医では見逃すことがあります。激しい肛門痛を訴えて受診されているにもかかわらず、外見上は膿瘍の排出や発赤などの所見がまったくありません。
ただ、こうした患者さんでも、肛門に指を入れてみるとすぐに診断がつきます。肛門の後方に沿って板状にしこりが触れます。痛みが激しい場合は、麻酔を行って診察します。
1. シートン法
痔瘻でメスを使わない例外的な治療がひとつあります。それが「シートン法」です。シー卜ン法は、ゴムひもを痔瘻管に通します。すると、ゴムの張力で、痔瘻管がゆっくりと切開開放されていきます。
私たちの体には、異物を体の外に出そうとする反応があります。ゴムひもは異物ですから、ゴムひもが通った痔瘻管が少しずつ体の外へ押し出されていき、最終的に痔瘻がなくなってしまいます。当院でも、高位筋間痔瘻でシートン法を選択することがあります。高位筋間痔瘻は、内肛門括約筋と外肛門括約筋の間にある痔瘻が、歯状線よりも上に広がっている痔瘻です。
高位筋間痔瘻をむやみに切り取ると括約筋が傷つき、術後に便漏れを来すようになります。このため肛門 機能温存を目的に、シートン法を選択します。シートン法は、治療中の傷の管理や食事制限も必要ありません。複雑な痔瘻でも、長期の入院も必要ありません。
ただし、治癒までシートン法は数ヵ月を必要とします。そのため、数か月はオシリにゴムひもをつけていなければなりません。ゴムひもがオシリについていたとしても、日常生活に支障はありません。ただ多少の傷の痛みと、下着の汚れはありますので、痔瘻が完治するまで気長に付き合う必要があります。
2. 筋肉充填法
シートン法は例外的な治療法で、痔瘻を完治させるにはやはり手術が基本になります。痔瘻を根本的に治すには、入り口を含めてきちんとトンネル(痔瘻管)を処置する必要があります。痔瘻をすべて切り取るのはよいのですが、肛門括約筋を傷つけてしまうと、肛門の変形や機能の低下を来してしまいます。そうした処置を受けてしまうと、これからの人生をガス漏れや便漏れで悩まなければならなくなります。最終的には、人工肛門にせざるを得なくなるようなこともあるようです。
痔の手術のなかで、痔瘻の手術は最も難しいものです。とくに体の深い部分の複雑な痔瘻の手術は、高度な技術が求められます。Ⅲ型やⅣ型の痔瘻は、トンネル(瘻管)が肛門括約筋のより深い部分まで貫いています。単純なⅢ型痔瘻の手術は、肛門括約筋温存手術で行います。肛門側から掘り進めるようにして行い、原発口、原発巣を確実に取り除きます。患部を取り除いたあとは、ポケットのような穴が残ります。同じ組織ごとに丁寧に縫い合わせ、残ったポケットを埋めていきます。
Ⅰ型やⅡ型痔瘻と比べ、Ⅲ型痔瘻ではポケットが大きくなります。そこで、痔瘻の周囲から持ってきた筋肉を反転させて充填し、縫い合わせます。これを「筋肉充填法」といいます。この方法であれば、術後に肛門の締まりが悪くなることはほとんどありません。筋肉充填法で用いる糸は、6週問で溶けます。体内に吸収される特殊な糸のため、傷には残りません。
3. 弧状切開法
体の深部の複雑な痔瘻に対し、当院は独自の手術方法を研究してきました。その結果、肛門機能を損なうことなく、深部痔瘻を根治させる術式を確立しました。
複雑なⅢ型やⅣ型痔瘻では、1期的にすべての病巣を取り除く手術を行うと、肛門に重大な損傷を与えてしまいます。そこで、まずは肛門の外側の複雑な病巣を取り除き、この傷の状態が改善してから、肛門近くの瘻管の処理を行うという2期的に分けた手術方法を取っているのです。この術式を 「弧状切開法による2期的手術」といいます。
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弧状切開法は長期問の入院も必要なく、学会発表や論文などで全国的に評価を得ています。道内外の各地からも複雑な痔瘻の手術の依頼があり、年問800例を超える痔瘻の手術を行っています。
2009年1月から2011年12月までのデー夕ですが、当院では、弧状切開法で治療した深部痔瘻の症例が29例(男性が27例、女性が2例)あります。平均年齢は48.9歳、Ⅲ型痔瘻が27例、Ⅳ型痔瘻が2例です。痔瘻で悩んでいた期間(病悩期間)は4日から40年とバラつきがありますが、平均すると5年2ヵ月になります。合計手術回数の平均は2.4回(1~4回)で、入院期問は平均23.1日(8~43日)です。
治療成績は、直腸狭窄0、便失禁が1例、重篤な合併症は0です。再発は2例で、根治牲、機能温存の両面で有効な術式と考えられます。
直腸や肛門がいろいろな原因で障害されると、自然排便ができなくなります。そうした場合、便を排泄する出口として、人工肛門(ストマ)を作る場合があります。人工肛門には、「永久的人工肛門」と「一時的人工肛門」の2種類があります。
永久的人工肛門
傷害された直腸・肛門の機能回復が望めず、永久的に使用する人工肛門です。下部直腸進行がんの手術や事故による骨盤・肛門管の損傷などで、直腸・肛門の機能回復が不可能な状態になった場合、この永久的人工肛門になります。クローン病による難治性痔瘻などの場合も、これに相当します。この場合、大腸を切断し、上側(口側で便の出る側)の腸管の出口を、腹部の皮膚に装着して人工肛門をつくります。
一時的人工肛門
肛門機能が回復するまで、人工肛門を一時的に使用するものです。大腸を切り離さずに腹部の外に引き出し、便の出る側と肛門側の双方の排出口をつくります。
この場合、小腸あるいは大腸の腸管を吊り上げて、落ちないように腹壁の皮膚の下にパー(支持棒)で2週間ほど固定します。腸管はあとで皮膚から外して腹腔内に戻すので、固定も簡単にします。肛門の機能が回復すれば、人工肛門を閉じます(人工肛門閉鎖術)。人工肛門を閉じる時期は、手術の方法や肛門の機能回復の度合いによって異なります。早い人で2~3ヵ月後、放射線を術前に照射した人ではー年後になります。
人工肛門を閉鎖すると、以前のように、自然の肛門から排便できるようになります。一般的な外科の病院や、本州にある有名な専門病院でさえも、複雑な痔瘻では人工肛門にしているところもあります。これは患部に便が流れないようにすることで、傷口を早く治したいという意図があります。
しかし当院では、これまで痔瘻で人工肛門になった患者さんは一人もいません。当院では、どんな痔瘻でも人工肛門にする必要はないと考えています。患部に便が流れても、ドレナージさえよくしておけば、痔瘻は必ず治ります。
~痔菅切開解放術~
直腸や肛門がいろいろな原因で障害されると、自然排便ができなくなります。そうした場合、便を排泄する出口として、人工肛門(ストマ)を作る場合があります。人工肛門には、「永久的人工肛門」と「一時的人工肛門」の2種類があります。
1. 痔菅切開解放術
括約筋を切開して原発巣(痔瘻が発生した病巣)を除去し、この創(傷口)を開放したまま、ドレナージ(ウミを排出する)します。
この方法は、以前から、痔瘻を治療する基本的術式として用いられてきましたが、肛門機能を失うことによる便失禁などの合併症が大きな問題でした。最近では、低位筋間痔瘻に適した治療法として行なわれています。一部の内肛門括約筋は切開され、近くにある連合縦走筋も切開されますが、治りが遅くならないようにドレナージの工夫がなされます。
2. 括約筋温存術
Ⅱ型痔瘻で、トンネルが肛門の側方や前方を走っている場合、瘻管切開解放術では肛門に変形が残ることがあります。また、深い位置を走っていると、肛門の締まりに関係する括約筋を傷つけてしまう恐れがあります。そうした場合、括約筋温存術を行います。
まず、皮膚にある2次口(痔瘻管の開口部)から外肛門括約筋までの部分で、痔瘻管を取り除きます。次に、原発口から原発巣までの痔瘻管をくり抜いて切開します。痔瘻の管の出口と入り口を取り除く手術になります。しかし、痔瘻には手術の難しいタイプの痔瘻もあります。この場合は瘻管が枝分かれする部位に仮の2次口を設け、ドレナージをおき、従来の2次口にさらにくり抜きを行うような手術になります。
どちらも、痔瘻は治ったとしても、肛門の機能を揖なってしまう恐れがあります。
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